クマによる人的被害が連日相次いでいる。環境省によると、北海道や東北地方を中心に目撃・出没が多発。23年は06年から始めた観測史上最多となった。専門家は一因として今年の「記録的な酷暑」を挙げ、3歳ほどの「ヤングママ」の雌グマが多く出没したと指摘した。暖冬なら12月ごろまで、被害が続く可能性があると予想する。また、クマの駆除に対する悪質なクレームも顕在化。クマと人の生活を取り巻く問題について、専門家に聞いた。【取材・構成=沢田直人】
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日本ツキノワグマ研究所(広島県廿日市市)の米田一彦氏(75)は、クマによる人的被害が増えた理由について、酷暑が影響していると推察した。餌となる木の実などが凶作のため、クマは冬眠に備えて餌を求めて人里に下りてくるようになった。森林の保続培養を行う林野庁の地方支分部局「東北森林管理局」(秋田市)の調査では今年、管轄である青森、岩手、宮城、秋田、山形の東北5県全てで、クマの好物であるブナが「大凶作」と判定された。米田氏によるとブナのほか、ドングリやキイチゴも凶作だったという。
米田氏は今秋に人里に多く出没したクマを「ヤングママ」と称した。山ではクマ同士の縄張り争いが繰り広げられている。大きくて強く、経験のある雄のクマは餌が豊富な山の奥にいるが、3歳ほどの若い雌のクマは人里近くに追いやられているという。米田氏は「年々増えたヤングママのクマは、人が耕作している近くで暮らしている」と分析。市街地では子連れの母グマが目撃されていた。
町に出没するクマについて米田氏は「クマは元々森林にいる動物だから、平野部に出てくる時点で緊張している」と話した。「歩いているクマはほとんどいない。とっとっとって走っている。これは興奮状態で森に帰りたい様子」と語り、「クマは町の中の神社や公園、屋敷の木々に潜りたい。その前に人間に遭遇するとガツンとやるわけ」とクマの特性を説明した。
クマを追い続けて50年。これまでに3000回ほどクマに遭遇したという米田氏に、町中でクマと出くわしたときの有効手段を聞いた。「まずはとにかく動かない。目が合ったら襲われる。平野でクマを見かけたとき、電信柱や家の角、車の後ろとかに体を半分隠すと、クマは人間と認識できなくなる」と解説。襲われることが確実となった場合については「死亡、重体に至らないように、首を手で防いで伏せるのが一番いいだろう。クマの爪は雑菌だらけ。猫に引っかかれても化膿(かのう)するように、この治療に相当苦しんだ患者がいる」と語った。米田氏自身も襲われた経験があるというが「イノシシのわなに引っ掛かったクマを外したときで、業務の中で襲われたので参考にはならない」と話した。
クマ駆除への抗議も後を絶たない。10月4日、秋田県美郷町の畳店に体長約1メートルの親グマと約50センチの子グマ2匹の計3匹が立てこもり、翌5日に駆除された。これに対し、秋田県庁には「なぜ殺すんだ」「クマがかわいそう」などとクレームが殺到。知事は「業務妨害だ」と強調した。米田氏は抗議の電話をする人たちに関し「近年、罵声の浴びせ方がひどいと聞く。組織的に苦情をいれて、時間を遅らせてクマを助けると。行政の方は苦労して疲弊している」と口にした。その上で「中には亡くなった被害者の自宅に『山菜を採りに行ったのが悪い』とか言いがかりをつける人がいる」と憤りをあらわにした。
米田氏は「年によっては12月ごろまでクマの事故がある」と示し、今年も暖冬ならば被害が続く可能性があることを示唆した。続けて「長期的な要因として、里山が立派になって手を入れないもんだから、クマの生息域が広がった。端的に言えばクマの数が増えている。これからも事故は続くだろう」と予想した。
日刊スポーツより
